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アイデア共有ブログ

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なぜ日本人は学歴のみで学力・知性を判断するのか?

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なぜ学歴のみで知性を知れるのだろう?

学歴というのは、自分が卒業した学校歴という意味です。それ以外の意味は本来はありません。しかし、ここ日本では学歴というのは本来の意味以上の扱われ方をしています。それは、学歴=知性という扱われ方です。「○○大卒だから、彼は優秀だ」という考え方は今もあるのではないでしょうか。特に新卒採用では、これが学歴フィルターとして多くの学生を悩ませます。

もちろん、このような考え方は欧米でもあります。欧米人も学歴は好きなのです。学歴というのはその個人の知性を知る上での一つの「指標」になると僕は思っています。学歴の次に有名な指標はIQですね。個人の知性を知る上ではこの2つがメジャーじゃないでしょうか。

 

投資の世界ではありえない発想

ところで、僕は株式投資をやっています。株式投資で最も重要なことは、その企業の実力を知ることにあります。だから、投資家は様々な指標を発明しています。

 

PER

PSR

ROE

ROA

PBR

配当利回り

EBITDA

PGR

 

株とか知らないと戸惑いそうですが、まだまだありますよ。さらに、国が発行する雇用統計などの指標を組み合わせて投資をする人もいます。これだけの指標がありながら、まだ納得できない投資家もいて、オリジナルの指標を発明する人もいます。企業の実力を直接見たいという発想で、実際に企業に訪問したりする投資家もいますし、その企業の商品を買ってみる人もいます。

こうしてようやく、投資家はその企業の実力を知ることができ、お金を投資できるのです。ただし、それでも投資判断が誤ることがあります。

 

Googleは100以上の基準を持っている

他にもグーグルの検索エンジンはユーザーになるべく有益な情報を提供するために、ウェブサイトを自動的に評価します。その基準は噂では100以上の基準があると言われています。私たちの多くはグーグルの検索結果に不満はありませんが、それは複数の基準で厳選されたページをグーグルが提示してくれるからです。しかも、その基準は日を追うごとに常に進化させています。つまり、Googleは今の100以上の基準でも満足していないのです。

 

人間はそんなに単純だろうか?

ところが、学歴となると話が変わります。先ほどの株式投資やGoogleの複雑な基準とは違い、私たちは学歴という非常に単純な基準を使いがちです。学歴がすべてであると思い込んでいる人はまだまだいると思います。そして、そういう考えが無意識に学歴差別を生み出します。

果たして人間というのは一つの指標で計れるほど単純なのでしょうか? 実際、ハーバード大学の入試試験では面接があるのが当たり前となっています。これはペーパーテストではその人の学力を知ることができないと、経験上分かっているからでしょう。投資家が企業の実力を知るために、その企業に訪問するのと同じ発想ですね。

 

なぜ学歴はそれでも強いのか?

こうしてみると、学歴というのは「指標」の一つにしかすぎないのです。学歴がすべてではないことは、私たちも薄々感じてはいることでしょう。学歴がなくても多くの分野で成功している人は今も昔もたくさんいます。では、なぜ学歴というのは今でも強力なブランド力を保持できているのでしょうか。

 

それは、学歴というのはどこか「分かりやすさ」があるからです。

 

例えば、僕はこれからある人物について紹介します。

 

そろばん検定2級を持っています。

英語はそこそこできるけど、TOEICはあまり受けたことがないので、750点くらいです。

数独が大好きで、同級生よりちょっと早く解けます。

ゲームも大好きで、パズドラが特に得意です。

高校時代の学校の成績は常に上位クラスだったけど、トップ層ではなかった。結局、一浪することになった。

一浪したものの、第一志望には落ちてしまった。

簿記検定で3級を取ったばかり。

法律は結構詳しいけど、弁護士にまでなろうとは考えてない。

最近フランス人の彼女ができたので、簡単なフランス語なら話せてしまう。

読書は好きな方で、特に小説なら1週間に数冊は読めてしまう。

料理は作るのは好きだが、みんなから「へたくそ」と言われる。

 

さて、彼の情報を見る限りでは、結構頭がよさそうな印象は受けるものの、どこかぼやけてはっきりしないのではないでしょうか。しかし、今から僕が書く別のプロフィールはなぜか多くの人が納得できるでしょう。

 

彼は早稲田大学法学部卒だ。

 

どちらも同じ人物について書いているのですが、学歴のほうがストレートかつスマートに伝わりましたね。これが学歴の便利なところであり魔力なのです。

 

よって、学歴というブランドが今も生き残るのは、その人の知性を分かりやすく伝えられる側面があるからでしょう。

 

けど、学歴のみの判断は危険だ

しかしながら、この便利な学歴のみで判断するのはやっぱり危険な気がします。同じ早稲田でも小保方晴子のような人もいるからです。だから、企業の場合、学歴でフィルターをかけた後は、面接で就活生を判断しようとするのでしょう。

僕は、個人の知性を判定する様々な指標が生まれることを望んでいます。できれば100個くらいの指標があればいいと思っています。それくらい指標があれば、自分はどの分野が得意かなどが分かって学歴に縛られない生き方ができると思うのです。

みなさんは、学歴についてどう思われますか?